今年、イタリアで開催されたミラノ・コルティナ2026オリンピック・パラリンピック冬季競技大会は、大きな盛り上がりのうちに閉幕した。アスリートの素晴らしいプレーや演技の数々は記憶に新しいが、振り返る上で忘れてはならないのがボランティアの存在だ。
世界有数のスポーツイベントであるオリンピック・パラリンピックでは、ボランティアが会場案内から競技運営、選手団サポートなど、さまざまな場面で大会を支える。そこでしか得られない経験を求めて、開催国だけでなく、世界各国からたくさんの人々が集う。
日本でも、オリンピック・パラリンピックのボランティアに魅せられた人々がいる。今回ミラノ・コルティナ大会のボランティアに従事した日本人のひとり、下崎道子さんに、ボランティアとして見届けた大会の姿、活動にかける想いについて、お話をうかがった。
※本記事は、日本財団パラスポーツサポートセンターとのコラボレーション企画です。
東京大会でアスリートの姿に感動。亡き夫に背中を押されパリ大会にも参加

「私がミラノ・コルティナ大会にボランティアとして参加することが決まったのは、実は1月の初めでした。(オリンピックの)開幕まで1か月を切っていて、参加できることに喜びを感じながらも、慌ててホテルを手配したり持って行くものを準備したりと、大変でしたね」
そう語る下崎さんが、オリンピック・パラリンピックのボランティアをするようになったのは、東京2020大会から。自分の“これから”について考えたのがきっかけだったという。
「私は、大学を卒業後メーカーに30年勤務して、その後、幼児教育関連の会社で10年働きました。社会に出て40年、そろそろ人生の総まとめの時期だなと思ったとき、次に自分は何をしたら良いのだろうと考えたのです。その時、東京でオリンピック・パラリンピックの開催が決まり、ボランティアを募集していることを知って、面白そう、是非やってみたいと思ったのがきっかけですね」
初めて飛び込んだオリパラボランティアの世界。東京2020パラリンピックでは、ルワンダの選手団のサポートを担当した下崎さんは、それまで身近に接することのなかったパラアスリートの姿を目にして、感銘を受けた。
「ルワンダのチームは、パラ陸上競技の選手数名と、女子のシッティングバレーボールの選手で構成されていました。義足の方がほとんどで、話を聞いてみると、地雷で足をなくした方もいたんです。自分の目の前の人がそんな体験をしていたというのはある意味ショックでしたが、みなさんとても楽しそうにスポーツに取り組んでいました。勝てば大喜びしているし、負けるとうわーっと悔しがる。人間として出せる力をすべて出し尽くすぐらいの勢いで楽しみ、幸せな空気を周囲の人にも与えてくれる。その姿を見て、スポーツは偉大だなと感じました。そんなアスリートを支えることのできるボランティアの仕事こそ、自分がやりたいことだ! と思ったのです」
東京大会の経験で、ボランティア活動の意義に共感し、その面白さにすっかりハマってしまった下崎さん。新型コロナウイルス感染拡大の影響で北京2022冬季大会は参加しなかったが、2024年のパリ大会には東京大会に続いて応募し、参加が決まっていた。しかし、その決意を揺るがす出来事が起きる。大会前に、夫が突然亡くなってしまったのだ。
「パリ大会の2か月ほど前、二人で楽しんでいた旅行先で突然夫の心臓が止まってしまったのです。葬儀などに追われオリンピックのことなど頭から消えていましたし、こんな状況で行くわけにはいかないと思っていたのです。でも、娘たちから“お父さんはお母さんを応援すると言っていたよ。だから絶対に行くべきだ”と言われました。娘たちや夫に背中を押されて、夫の写真と共にパリへと向かったのです。最初は一種の現実逃避だったかもしれませんね。
パリ大会では、選手村でのトランスポート案内を担当。パラリンピックではシッティングバレーボールのアスリートサポートとなり、東京2020オリンピックのルワンダチームとの再会も果たしました。日本人のボランティア仲間と助け合い励ましあったり、選手たちの笑顔や素晴らしい試合を目の当たりにして、やはり来てよかったんだなと涙が出ました」
苦労したミラノ・コルティナ2026大会。でも「非日常感が楽しい」

東京、パリのオリンピック・パラリンピック、そして昨年の東京2025デフリンピックやシンガポールで開催されたパラ水泳ワールドシリーズなどにもボランティア参加した下崎さん。ボランティアとしてはすっかりベテランにも見えるが、今回のイタリアは大変なことも多かったそうだ。
「ボランティアに行くことが決まったのが直前だったというのはもちろんなのですが、雪が多い場所というのがひとつ。そして、言葉の壁です。私はイタリア語ができないので英語で話すのですが、相手は英語が分かる人とは限らないので、お互いに外国語でコミュニケーションを取るというのがことのほか大変でした」
実は、下崎さんは大学時代にフランス語を学んでいたため、パリ大会ではコミュニケーションを取ることにさほど困難は感じなかったそうだ。しかしイタリアでは、ゴミ箱の場所を尋ねるのにも苦労したという。ボディランゲージなどを駆使して何とか乗り越えた。
「ミラノ・コルティナ2026パラリンピックでは、コルティナ選手村にて日本の選手のサポートの仕事をすることになりました。物価の高いコルティナ周辺を避け、田舎の村のアパートを借りたのですが、1時間のバス移動。大雪になればバスの到着が遅れて私を待っている選手に迷惑をかけてしまう。練習や試合に出かける選手たちにとっても移動のサポートは神経を使います。所定の場所に来ないバスを探して、いろいろな人に聞いて回ったり、その合間に立ち往生している他国の選手を見かけたら行先を聞いて代替案を提示して助けてあげたり、右往左往。ただ、そうした自分の働きがみなさんの役に立っていると感じられるのはとても楽しかったですね。選手から“ありがとう。助かるよ”と言ってもらえるだけで嬉しく感じ、苦労なんて吹っ飛びます」

土地勘のない外国で、スマホで交通ルートを検索し、地図を頼りに目的地にたどりつく。そしてスムーズに競技に集中できるよう選手にエールを送る。想像するだけで大変な時間だと思うが、そんな中でも懸命に活動を続けられたのは、なぜだろうか。
「どんなボランティアの活動も初めてのこと、想定外ばかりです。なので、何かあれば毎回走って解決しにいくという感じ。でも、そういう非日常感が楽しいと思うのです。ボランティアは、それこそ会社でやっていたパソコンの操作や利益計算などが直接的に役に立つわけではありません。でも、社会でいろいろなことにぶつかりながら忍耐強くなったり、さまざまな人に出会って経験を積んだりすることでどんな人でもボランティアとして役に立つことができるという確信を持てたことが、自信と力になっているという気がします」

組織委員会のWEBサイトによると、今回のミラノ・コルティナ大会のボランティアは、48%が35歳以下だった。下崎さんも現地で若いボランティアに出会い、思うところがあったという。
「日本でボランティアというと、どうしてもシニアが目立つのですが、イタリアでは大学生や、このために休暇を取ったり、夜にオンラインで仕事をして参加している若い方が多かったです。というのも、イタリアではボランティア活動をすると証明書のようなものが発行されて、それが学校や職場で評価の対象となるようなのです。その代わり、事前にみっちりと研修の時間が設けられるのですが、国全体としてボランティア活動を後押ししようとする動きがあるというのは、良いことだなと思いました。日本の若い方にも、積極的にボランティア活動に取り組んでもらって、様々な体験をしてほしいですね。私たちシニアも、自分たちだけが楽しむのではなく、若い人たちを後押しして巻き込んでいきたいなと思います」
かけがえのない宝物を胸に

オリンピック・パラリンピックのボランティア活動には、開催国の国柄も表れるのだそうだ。イタリアではボランティアを引っ張るリーダーのような人がいて、ボランティア同士の親睦を深めるため、ゲーム大会などを開催してくれたのだという。
「みんなで“宝探しゲーム”をしたり、これはどこの国のものかなどという“国旗あてゲーム”をしたり、とても盛り上がるのです。打ち上げも開催されて、お金がある大人はお酒を飲みますが、お金のない学生はコーラだけ。それでもみんなで大声で語りあったり、歌ったり、イタリアらしいおおらかさで、とても楽しかったです。これは大都市で開催されたパリ大会ではなかったことでした。活動そのものもイタリアは程よい柔軟性があるというか、お国柄を知ることで、多少の不便や遅延のイライラも解消です」
また、オリンピック・パラリンピックではピンバッジ交換の文化があり、ボランティアとして参加した下崎さんもたくさんのピンバッジを交換した。
「日本から参加したボランティア仲間がデザインを考えてくれて、特製のピンバッジを作って現地に持って行きました。私は大会中に少し腕が痛くなったときに選手村内の病院に行ったのですが、その時に親切にしてくれた通訳の方や医師など、現地でつながりができた方々と交換しました。もちろん、選手にも“頑張れ!”という応援とともに渡してきました! バッジは大会毎にまとめて家に飾っています。これを見るとさまざまな出来事を思い出して、私にとってかけがえのない宝物、生きた証しになっています」

これからの人生の道筋を考えたことがボランティア活動に飛び込むきっかけになった下崎さん。ボランティアを通して学んだことを問うと、こんな答えが返ってきた。
「ボランティアは、多様性を学べる場所だと言えると思います。文化にしろ人にしろ、何かを行う方法にしても、国や人によって違います。特にいろいろな人、国と出会うことのできるオリンピック・パラリンピックのボランティアは、そういう側面が大きい。経験することで、自分の人としてのキャパシティも大きく広がるような気がします。是非みなさん、特に若い方には取り組んでいただきたいと思います」
まとめ
東京大会をスタートとし、今では国内外を問わずさまざまなボランティアで活躍する下崎さん。彼女のような存在も、東京大会のレガシーといえるのだろう。
さまざまな人や文化と出会い、かけがえのない経験を得られる場となっているボランティアは、人や社会にポジティブな力を与えている。ボランティアに魅せられた人々が語るストーリーからは、その一端を確かに感じられるはずだ。これからも日本の国内外を問わず、ボランティアがきっかけとなって、人の人生や社会の中でさまざまなものが花開いていくことだろう。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
key visual by Shutterstock
写真提供:下崎道子