スポーツには人々の気持ちを鼓舞する力があります。勝負や記録に果敢にチャレンジするアスリートの姿に心が熱くならない人はいないはず。2024年3月2日、日本財団ボランティアセンターが聖心女子大学で開催した「Volunteer’s Summit 2024」では、元サッカー日本代表の巻誠一郎氏に、スポーツキャスター、ジャーナリストのフローラン・ダバディ氏がスポーツの力について聞きました。
巻氏は、2016年に出身地の熊本で起きた地震で被災したことをきっかけに、様々な社会貢献活動を始め、地域に力を与えています。サッカーと関わりの深い二人からは、どんな話が飛び出したのでしょうか?
スポーツには人や環境を変える力がある
フローラン・ダバディ(以下、ダバディ):今日の対談のテーマは“日本を元気にするスポーツの力”です。スポーツには、立場によってさまざまな魅力があります。まず、見る、プレーするスポーツ。私のようなジャーナリストにとっては見る、そして語るスポーツとしての側面もあり、今日このイベントにご参加の皆さんの中にはスポーツイベントの運営をサポートするスポーツボランティアとしての魅力といったものもあると思います。
ただ、ボランティア活動自体は海外では多くの人に浸透していて、誰もが普通に取り組んでいるのですが、日本ではまだそれほど一般的にはなっていないイメージがあります。巻さんは熊本地震では地元の熊本で被災をして、それをきっかけに復興活動を始められていますね。そのようなボランティア活動は、実はもっと前からされていたそうですが、どのようなことをしていたんですか?
巻誠一郎(以下、巻):プロチーム、ジェフユナイテッド市原に入ってすぐに、チームメイトと共に児童養護施設を訪問する機会がありました。子どもたちが楽しんでくれている姿を見て嬉しかったんですが、聞いてみるとサッカーの試合を見に行ったことがないという子が多いことがわかりました。それで彼らが見に来られるようにと、僕の背番号18番にちなんで18席、チケットを確保することにしたんです。もちろん正規の価格で、僕が海外に行ってからもずっとその席だけは確保することを10年ぐらい続けました。
ダバディ:私はこの間、サッカー女子のパリオリンピックアジア最終予選の日本代表・なでしこジャパンと北朝鮮代表の試合の取材に行きました。北朝鮮側の応援に在日朝鮮人学校の子どもたちが応援にきていて、みんなで声を合わせて学校で習ったり、故郷を思い出したりする歌を歌って盛り上がっている。政治や勝ち負けなんて関係なく、とても楽しそうでした。
巻:そうですね。スポーツにはそういった環境を変える力があると思います。僕が確保したチケットで、重い障害のある子どもとそのお兄ちゃんを招待したことがありました。お兄ちゃんは、両親が弟の世話にかかりっきりでほったらかされることが多く、弟のことが嫌いだったらしいのですが、試合を見て“巻選手に会えてうれしかったし、そんなチャンスを作ることができる弟を誇らしく思えるようになった”って言ってくれたんです。スポーツにはそういう人の心、家族の心まで動かす力があるんだなと思いました。
スポーツって言葉は要らないんですよ。たとえば、隅っこで塞ぎ込んでいる子どもがいるとします。でも、その子に向かってボールを蹴ると、必ず返してくれる。ボールだけではなく、ボール以外の思いも返ってくる。するとだんだん子どもたちも笑顔になっていって、スポーツの素晴らしさってそういうところにあるんですね。
熊本地震では、アスリートの発信力が活かされた
ダバディ:巻さんは、子どもたちのためにチケットを用意したり、養護施設を訪問してサッカーをいっしょにやったりしていますが、今のような社会貢献活動をするきっかけになったのは熊本地震なんですよね? 当時はどんな状況だったんですか?
巻:僕の家自体は大丈夫だったんですが、周囲はほとんど倒壊しました。とにかく命をつなぎ止めなければという生活が1週間ぐらい続いたでしょうか。
ダバディ:当時の熊本のみなさんの頑張っている様子を私もネットに掲載されている写真などで見ましたけれども、巻さんは強い心技体の持ち主であるアスリートとして、自分の何が生かせたと思いますか?
巻:災害が起きたとき、大事なのは情報なんです。いかに正確な情報をどれだけ早くインプットできるか、それが生活の立て直しにとって最も重要。その点アスリートは発信力、巻き込み力があるので、僕はSNSで200~300人ぐらいのグループを作って情報を取り入れ、アクションを起こすということを最初にやりました。スピーディに考えながら行動し、行動しながら状況に応じて転換する。それはまさにアスリートだからこそ発揮できる能力だったのではないかと思います。
ダバディ:巻さんがそのようにすぐに行動を起こすことができたというのは、子どもの頃からアスリートとして身体を動かす努力をしていたことが関係するのでしょうか? 最近海外では、エモーション、感情というのは心の筋肉の動きだということが言われているんですが、巻さんは心の筋肉も鍛えられていたから、すぐに動かなきゃ、やらなきゃという感情が自然に出てきたんですか?
巻:自然だったのかもしれないですね。スポーツは適応能力が大事で、起こった出来事、物事に対して瞬時に適応しなければなりません。いろいろ準備してきたことが、最初のワンプレーで崩されることも普通にある。だから、何か起きたら自分の中から対応策を引き出して行動に移さなければならないわけです。アスリートはそういう能力に長けていると思いますね。
減点法ではなく加算。できることを積み上げていくのが大事
ダバディ:東京2020大会が終わって3年がたち、ダイバーシティ、多様性の受容やバリアフリーなど、いろいろなレガシーが生まれました。今後、オリンピックに限らず、さまざまな国際大会が日本で開かれることも増えてくるかと思いますが、そんなイベントのボランティアに参加するにあたっては、言葉の壁が気になる方もいるのではないでしょうか? とはいえ、さきほども言ったように、心の筋肉を発揮して、身振り手振りで伝えようとすれば言葉は壁になることはないと思うんですが、巻さんは海外のチームにも所属していたことがありますよね? 話す言葉の違うアスリートとのコミュニケーションは、どのようにしていたんですか?
巻:ロシア・プレミアリーグのFCアムカル・ペルミに入ったときは、地元は100万人の都市だったんですが日本人は僕一人。最初は結構冷たかったですよ。でも、仲良くなってからはすごく受け入れていただきました。僕は子どもの頃から親に“とにかく何かやってもらいたいときは、自分から与えなさい”と言われていたんです。だから、海外に行くときなどは特にそれを意識しましたね。やってほしい、やってほしいだけでは心が塞がってしまうし、うまくいかないことが増えます。でも、先にこちらから与える、優しさだったり気遣いだったりをするとコミュニケーションがスムーズにいって、相手からも与えられるんですよ。このような与える精神というのは、多くの日本の方は持っているのではないでしょうか。
ダバディ:与えるということに関連して巻さんに聞きたいのは、子どもたちにサッカーの指導をするとき、どんなことを心に留めていますか? 巻さん自身、子どもの頃はスポーツが得意で、野球選手になりたかったんですよね? でも、野球部がなかったから仕方なくサッカーを始めてみたら、すっかりはまってしまったというように聞いています。子どもたちが楽しくスポーツができるようになるにはどうしたらいいんでしょうか?
巻:日本の教育って減点法なんです。テストも満点は100点で、そこからどんどん点数を引いていく。すると子どもたちのマインドも減点法になってしまって、自分ができないことに対して点数を引いていってしまうんです。でも、海外の子どもたちは加点法で、できることを足していく。本来、日本人も積み重ねる、積み上げていく作業が得意なはずなので、子どもたちにもできないことを指摘するんじゃなくて、できたことに対して褒める。できることを増やすためのアドバイスをする。それを意識してやっています。
ダバディ:巻さんは、将来的に指導者になるというビジョンがありますよね? 現役アスリートとしての経験はもちろんのこと、熊本地震の復興活動をされたり、その後の社会貢献活動でいろいろ得たものがあると思いますが、若いアスリートを育てる際にはどんな指導者、どんなリーダーでありたいというイメージは持っていますか?
巻:スポーツって、サッカーは特に同じシーン、局面がやってくるということがまずないんですよ。だから、試合中に起きた課題に対して、その都度自分の能力を最大化しながら適応する力を養うようなトレーニングをする。そういうことができるチームであることは大事だと思いますね。ただ、同じシーンがないとはいえ、アスリートにとって再現性は重要で、同じようなシュートを同じように決められる能力も必要です。また、プレー中は失敗してはいけないんですが、だからといってチャレンジしなくていいというわけではありません。
再現性とチャレンジは矛盾しているようですが、どちらも大切。今僕がいろいろなことにチャレンジできているのは、サッカーで培った能力のおかげかもしれません。
地域のコミュニティ作りに役立つスポーツ
ダバディ:今日のテーマである“日本を元気にするスポーツの力”ですが、スポーツが力を持つには、その国や場所にスポーツ文化が根付いている必要があると思います。東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されて3年がたちますが、日本は果たしてスポーツ大国になったのか。まだそのレベルに達していないとするなら、スポーツ大国になるにはどうしたらいいかをみんなで考えるのも大事だと思っています。
巻:そうですね。日本だとスポーツと言えばエンターテイメントの要素が大きいですが、海外だと地域のコミュニティとしての側面が強いですね。スタジアムに政治家や企業の人、さまざまな分野の方が集まってきて話をして、マッチングが起こり、何かが始まる。街のコミュニティの一部になっているという点が、日本との大きな違いだと思います。
ダバディ:私は以前テレビの取材でギリシャの第二の都市・テッサロニキに行ったのですが、そこに住んでいる人々は大きく分けて3種類。純粋なギリシャ人、トルコから移民してきたトルコ系ギリシャ人、そして1915~16年にかけて行われたアルメニア人虐殺を避けて難民としてやってきたアルメニア系ギリシャ人。よその国からやってきた人々は、そこで新しい社会を作らなければいけない。そのために真っ先に考えるのはスポーツなんですよね。クラブを作って、ファンが歌うのは故郷を思い出したり、祖国の歴史、文化を題材にした応援歌です。巻さんもおっしゃるように、海外と日本のスポーツ文化の違いを感じました。
少し話は変わりますが、今、僕の故郷のフランスではパリオリンピック・パラリンピック開催に向けて準備が進んでいますが、選手村となるサン・ドニは移民を受け入れるために作られたニュータウンなんです。ところが交通のインフラが整備されていなくて、今まである意味孤立状態にあった街です。そこをあえて選手村にして、海外の選手を受け入れようと。とにかくここでやっていこうと決められました。アスリートは人々のリスペクトを生むから、この街も選手村になることで変わるのではないかという考えなんです。
巻:リスクではありますが、チャレンジングですね。今、ダバディさんがおっしゃった、アスリートが人々のリスペクトを生むというのは、先日の能登半島地震の被災地にボランティアで行ったときにも感じました。学校の教室に行って、一緒にサッカーをやったり給食を食べたりしましたが、スポーツって子どもたちを笑顔にするものだと思っていて、それができるのがアスリート。そして、競技をする中ではいろいろな困難にぶち当たりますが、その乗り越え方を知っているのがアスリートでもあるんですね。そんな自分の経験を言語化していろいろな方々に伝えることができる。苦しいときにどうやって乗り越えてきたか、これから未来に向けてどうしていきたいかという話をしたりすることによって、子どもたちが少しでも前に向かっていけるように、彼らに伴走するつもりでやっています。
ダバディ:ボランティアって、常にありがとうと感謝されるかと思うと、そうじゃないこともありますよね。相手に自分が何かをしてあげるという気持ちだと、失敗する可能性がある。まず大事なのは相手のニーズを聞くことなのかなと思っているのですが、どうですか?
巻:選手時代には、いろいろ批判されたりネガティブなことを言われたりしましたし、被災地に行ってもいろんな言葉を受けますけれども、大切なのは自分の信念だと思っています。笑顔になってくれた人がひとりでもいればいいし、嬉しかったという言葉を誰かからもらえたらそれでいいと思えるんです。相手の反応を飲み込めるか飲み込めないかは、自分の意志や信念をきちんと持って現場に立てるか立てないか。本当にそこが大事だと思っています。
現代は情報が溢れていますよね。子どもたちには、“知っている”のと“できる”のと“やってみる”の間には大きな違いがある”といつも言っています。知っているしできるんだけど、やらない人が今増えているのではないでしょうか。“私なんて”、“私なんか”とか言って。でも、大事なのはアクションで、情報×アクション、いっぱいある情報にアクションを掛ければ大きなことができます。アクションは年齢と共に減ってきますから、これからもどんどんアクションを増やそうというのが、自分に言い聞かせている言葉です。
ダバディ:そうですね。私もジャーナリストとしては、ペンを持って文章を書くということが持つ力というものを信じていますが、一方で、今集中して本や文章を読むということをする人があまりいなくなっているのは悲しいと思っています。巻さんがおっしゃるように、歳をとっても活動的でありたいですし、何か読み物を残すということにこれからもチャレンジしていきたいと思っています。ありがとうございました。
TEXT by 定家励子、PHOTO by 岡本 寿