東京ありがとう! 国際オリンピック委員会(IOC)が東京2020大会への感謝の気持ちを贈る「Thank you Tokyo! Festival and Ceremony」(以下Thank you Tokyo!)が10月16日、東京の国立競技場で行われました。
競技場周辺でのフェスティバルと、競技場内で開かれたセレモニーの2部構成となったこのイベントでは、ボランティアの皆さんも随所で活躍。セレモニーのフィナーレでは、選手たちと同じフィールドに立つという夢も叶ったのでした。
念願だった「お客さんとの接点」、道案内で叶う
この日は、午前中に東京レガシーハーフマラソン2022も開催されたこともあって、スタートとゴール地点となった国立競技場周辺には、多くの人たちが集まっていました。
国立競技場の周りで開かれたThank you Tokyo! のフェスティバルも大盛況。スポーツ体験、世界トップレベルのアスリートによるライブデモンストレーション、東京2020大会のメダルや表彰台の展示などが行われ、待ち時間が1時間というブースもあったほどでした。
国立競技場を取り囲むその広い会場で来場者が迷わないよう、周辺には道案内をするボランティアの方たちの姿もありました。
山田浩さんは、高校時代はボランティアサークルに所属し、老人ホームや障害者イベントなどを訪れていました。ところが働き始めてからは忙しくなり、ボランティアからは距離を置くことに。そんな山田さんをボランティアの世界に引き戻したのが、オリンピックでした。
「1964年の東京オリンピックが開かれた時、私は3歳でした。生きている間では最後の自国開催になるだろうと思い、仕事を休んで東京2020大会のボランティアに参加しました。休んだかいがありましたね」
東京2020大会では、ドライバーとして関係者の移動をサポート。一日に350km、車を走らせた日もあるそうです。
「以前の仕事で外国人の方とお話しすることも多かったので、東京2020大会でその経験が生きたのはよかったです。ただ、無観客開催だったので、お客さんとの接点がなかったのが心残りでした。今日は道案内で皆さんのお役に立てている感じがしますね」(山田さん)
山田さんが次に目指すのは、まだ抽選で当たったことのない東京マラソンのボランティアです。
一方、同じ場所で道案内をしていた中川恵さんは、東京2020大会後、ボランティアをしばらく休んでいました。このイベントからボランティアを再開したのは、「去年の経験を活かしたい」という思いが湧き上がったからだそうです。東京2020大会のボランティアでは、武蔵野の森総合スポーツプラザでメディア対応をしていました。
「去年も、本当はお客さんとの接点が欲しかったんです。今日はそれが道案内という形で叶いました」
東京2020大会の開催が決まった時に、「今のうちにボランティア経験を重ねておこう」と、東京マラソンのボランティアに参加し始めた中川さん。これまで手荷物預かり所や給水、受付などを担当。リーダーを任されたこともあります。中川さんは、ボランティアの魅力をこう語ります。
「仕事は自分のやったことが、主に会社にフィードバックされていきますが、ボランティアは自分にダイレクトにフィードバックされていきます。それは例えば、年齢も職業も異なる仲間たちとの出会いです。(2025年に日本で開催される)世界陸上でも募集があれば参加したいですね」
車いすラグビーのタックルに驚きと笑顔
フェスティバル会場に響き渡る、「ゴトン!」という衝突音。激しくぶつかり合っているのは、車いすラグビーで使われる競技用の車いすです。ゲストが車いすに乗り、選手から直接タックルを受けるという荒っぽくも見える体験ブースでしたが、選手がタックルの強度を調整しながら、子供でも楽しめる内容となっていました。
車いすラグビーの体験コーナーで、体験後のゲストを案内していたのは榊雅芳さん。東京2020パラリンピックでは、車いすラグビーをテレビで観戦していましたが、生で見る迫力はまた違ったようです。
「ぶつかり合う音がこんなに大きいものなのかと驚きました。試合とは違いますが、競技の一部を見られてよかったです。今日は特に、お子さんが降りる時には丁寧にゆっくりと誘導しました」
東京2020大会では日本武道館で案内役を務めた榊さん。実はスポーツボランティアはその時がデビューで、それまでは主に博物館や観光のボランティアに参加していました。
「博物館を回るのが趣味で、自分も案内してみたいと思い、20年ほど前から博物館でボランティアをしています。東京2020大会後は、マラソンのボランティアにも参加しました。博物館や観光のボランティアは、お客さんの『納得』の顔が見られる。スポーツボランティアは笑顔が見られる。どちらも新しい発見があって、興味が尽きませんね」
ボランティアを通じ、みんなそれぞれ違う視点を持っているものだと勉強させられたという榊さん。そのやりがいは、最後に「ありがとう」と言われること。いろいろな国の人たちとも言葉を交わしたそうですが、最大の言葉は「笑顔」であると実感したそうです。今後も今のボランティアを地道に続けたいと抱負を語りました。
もしもTOKYO2020が有観客だったら――フィナーレで夢舞台に
Thank you Tokyo! のフェスティバル終了後、国立競技場のフィールドで始まったセレモニーでは、小池百合子東京都知事が登壇。トーマス・バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長のビデオメッセージも大型スクリーンに映し出されました。
セレモニーイベントでは、スポーツデモンストレーションとしてさまざまな競技が紹介されました。本番さながらの真剣勝負となったのが、7人制ラグビーの日本代表とフィジー代表のスペシャルマッチです。
東京2020大会は無観客開催でしたが、この日は観客を入れての試合。プレーした選手たちも、試合後はスタンド席にサインボールを放り入れるなどして、観客との交流を楽しんでいました。
他にも、400m障害物リレー、やり投げでの的あて対決、パリ大会からの新種目「ブレイキン」のデモンストレーションなど、内容盛りだくさんだったセレモニー。
その最後を飾ったのは、ボランティアへの感謝の思いを伝えるビデオ上映でした。そして、それまでスタンドでイベントを観覧していた東京2020大会のボランティアの方々が、フィールドに降り立ちます。
アスリートしか味わえないこの“絶景”に、ボランティアの皆さんはどんな感想を抱いたのでしょうか。
東京2020大会では、選手村で選手たちと卓球をするなどして交流も楽しんだという両角智英子さん。
「フィールドに降りて、率直に『広いなあ』と思いました。さっきまでアスリートがいた場所に立てて感激しました。英語はそんなにしゃべれないけれど、話しかけてみるのが大事。おもてなしの力で、これからも世界中の方々に日本を楽しんでいただけたらなと思います」
青木克樹さんは、東京2020大会の開会式のリハーサルなどの際に、フィールドに降りる機会があったそうです。ただ、この日のフィールドは、また違った感動があったとか。
「去年はリハーサルだったので、照明は一部しかついていませんでした。今日は競技をする時と同じ明るさなので、『夜のフィールド、きれいだな』と思いました。今はボランティアをしながら、パラスポーツとの関わりも強くなりましたが、引き続きいろいろなボランティアをやっていきたいです」
東京2020オリンピックの開会式では、ハイチ代表と一緒に行進したという小川歩美さんも、この日が初めてのフィールドではありませんでしたが、有観客ならではの感動があったようです。
「フィールドに立って、スタンドからも熱気を感じました。スタンドに向かって手を振ったら、スタンドにいる皆さんも手を振ってくれて、互いに通じ合っているのを感じました。これからもスポーツ系のイベントがあれば全国どこにでも。地方の観光も楽しみながら、ボランティアを続けていきたいですね」
アスリートを支えるという共通の目的を持ちながら、ボランティアとの関わり方は人それぞれで十人十色。その多様さが、オリンピックやパラリンピックのようなビッグイベントを支える土台になっているのかもしれません。
TEXT by 香川 誠
PHOTO by 岡本 寿