アジア大会に続き、各地の45の国と地域から約4,000人のアスリートが参加して、2026年10月18日から24日の7日間にわたって開催された「第5回愛知・名古屋アジアパラ競技大会」(アジアパラ大会)。
日本で初開催された本大会のボランティア活動の現場を、日本財団ボランティアセンター参与の二宮雅也さん(文教大学教授)がアジア大会に続いて視察しました。
年齢や動機、障害の有無といった背景の異なる人々が、同じ会場でどのように活動し、何を感じたのか。
一人ひとりが異なる動機と視点を持って活動し、互いに支え合って活動した現場には、ボランティアがひらく共生社会の可能性にあふれていました。
きっかけはユニフォームへの興味。参加して見つけたボランティアの楽しさ
アジア大会の熱気と興奮を引き継ぐように、アジアパラ大会の会場にも、選手たちの熱戦を支える多くのボランティアの姿があった。アジア大会から続けて活動する人もいれば、アジアパラ大会からボランティアに挑戦する人もいる。それぞれが異なる経験や思いを持ち寄りながら、二つの大会をつなぎ、新たな舞台をつくり上げていた。

水泳会場で活動する大学生ボランティアの犬飼悠里さんも、その一人だ。大学からの案内をきっかけに参加した犬飼さんは、選手たちの泳ぎ方の工夫や海外から訪れた人々との交流など、活動を通じて多くの発見があったという。「超楽しいです」と笑顔で語る姿が印象的だった。犬飼さんが大会ボランティアに参加したきっかけは、意外というか今時というか、ユニフォームやシューズなどの参加記念品への興味だったという。しかし、実際に活動してみると、その感想は「貴重な経験で、超楽しいです」という言葉に変わった。観客案内を担当し、会場の場所や設備について質問に答えたり、海外から訪れた人たちと交流したりする中で、ボランティアの楽しさを実感したという。活動を通じて新たな友人もできた。

ボランティア参加のきっかけは必ずしも立派な志や強い使命感である必要はない。ちょっとした興味から始まった活動が、思いがけない経験や人とのつながりを生み出していく。そんなボランティアの魅力を、犬飼さんの明るい笑顔が物語っていた。大規模スポーツイベントということで、会場には初めてボランティアに参加した人もいれば、これまでさまざまな大会や地域活動に関わってきた経験豊富な人もいる。年齢も職業も参加の動機も異なる人たちが、一つの大会を支えるために集まっていた。
「まずは声を掛ける」初めてのボランティアで学んだ大切なこと
渡辺善信さんは、今回が初めてのボランティア活動だった。これまで仕事を中心に生活してきたが、「一度ぐらい、無償で人のためになることをしてみたい」と思い、参加を決めたという。事前のeラーニングでは、障害のある人への接し方について新たな発見があった。特に印象に残ったのが、困っているように見えても、いきなり手助けをするのではなく、まず本人に声を掛けるという考え方だった。良かれと思って行う行動が、必ずしも相手の望む支援になるとは限らない。大切なのは、相手の意思を尊重し、必要な支援を確認すること。渡辺さんにとって、事前研修はそうした基本的な姿勢を学ぶ機会にもなっていた。
実際の活動では、選手やスタッフ、他のボランティアとの出会いが印象に残ったという。一方で、活動時間や休憩など、想像していた以上に大変な面もあった。それでも「本当にいい経験になった」と振り返る。初めてのボランティア経験は、これまでとは異なる人や社会との関わり方を知る機会になったようだ。

手を貸すだけが支援じゃない。経験から学んだ寄り添い方
一方、複数の大会でボランティアを経験してきた山崎宗貴さんは、選手や関係者の移動を支える活動に携わっていた。バスへの乗車を案内する場面では、松葉杖を使用する選手の動きに目を配りながら、必要に応じて声を掛ける。過去に福祉に関わる仕事をしていた経験もあり、安全面への配慮を自然に意識しているという。ただし、障害があるからといって、何でも手伝えばよいわけではない。本人ができることは尊重しながら、必要な場面で適切に支える。その判断には、知識だけでなく、相手をよく見ることや経験の積み重ねも求められる。
また、山崎さんは大会ボランティアに限らず、これまで農業体験や難病のある子どもたちを支える活動など、さまざまな分野のボランティアにも参加してきたという。異なる領域で得た経験が、新たな活動の場でも生かされている。スポーツをきっかけに広がったボランティアの経験が、さらに別の社会的な活動へとつながっていく姿も印象的だった。

「もう少し見やすい席だったら」現場で気づいたバリアフリーの課題
そして、今回の取材で特に考えさせられたのが、ボランティア活動を通じて見えてきた会場のバリアフリーの課題である。観客案内を担当した橋本宏美さんは、車いす利用者の観戦環境について気になる場面があったという。車いす席から競技が見えにくい場合があり、少し前に移動すれば見やすくなるものの、そこは避難経路にもなる通路だった。安全を確保するためには、決められた場所で観戦してもらう必要がある。
「もう少し見やすい席だったらいいのに」
橋本さんは、そんな思いを他のボランティアとも共有していた。もちろん、安全上のルールを現場の判断だけで変更することはできない。しかし、実際に活動しているからこそ気づく課題がある。障害のある人が安心して観戦できる環境とは何か。安全性と観戦のしやすさを、どのように両立させればよいのか。こうした問いは、大会が終わった後の施設改善や運営方法の見直しにもつながる貴重な知見のはずだ。

ボランティアは、単に与えられた仕事をこなすだけの存在ではない。現場で感じた疑問や気づきを伝えることで、次の大会や社会の環境をより良くしていく役割も担うことができる。
「まずは行けないことには始まらない」車いすユーザーが語る参加への壁
さらに、アジアパラ大会のボランティア活動を考える上で、忘れてはならない視点がある。それは、障害のある人自身も大会を支える担い手になっているということだ。車いすユーザーの大脇佳奈さんは、9日間にわたり、選手向けのインフォメーションやアスリートラウンジで活動した。飲み物の準備などを通じて選手を支え、国内外の選手たちとの交流を楽しんだという。大脇さん自身もスポーツに親しみ、現在はテニスに取り組んでいる。障害者スポーツの普及活動にも関わっており、今回の大会でも、これまでの経験を生かして活動していた。

一方で、車いすを利用するボランティアだからこそ気づく課題もあった。例えば、会場内のケーブルを保護するために設置された段差。歩いて通る人にはそれほど気にならないものでも、車いすで乗り越えるには負担が大きい。さらに、会場までの移動も簡単ではない。駐車場が限られ、公共交通機関を利用する場合には、混雑した電車や道路の段差などが障壁になる。
「まずは行けないことには始まらない」
この大脇さんの言葉が印象的であった。会場内のバリアフリーだけでなく、そこにたどり着くまでの環境が整っていなければ、活動への参加そのものが難しくなる。これは観客や選手だけでなく、ボランティアにとっても同じことだ。障害のある人を「支援される側」としてだけ捉えるのではなく、自らの意思で参加し、誰かを支える「担い手」として捉えること。そのためには、参加したいと思った人が実際に参加できる環境を整える必要がある。
そのために大切なのは、障害の有無によって役割を固定するのではなく、一人ひとりが自分の意思で参加し、それぞれの経験や得意なことを生かせる環境をつくることだろう。こうした考え方は、かつて東京2020大会が掲げた「多様性と調和」の理念とも重なり、同大会から続くボランティアマネジメントの系譜に位置づけることができる。多様な人々を単に受け入れるだけでなく、誰もが大会を支える主体として参加できる環境を整えること。その取り組みが、アジアパラ大会においても引き継がれ、さらに発展していくことにこそ意義がある。今後も、会場内のバリアフリーだけでなく、会場までの移動や活動環境、役割の分担など、誰もが参加できる仕組みを整える必要がある。ボランティアとして参加した人たちの気づきや経験は、そうした環境を見直すための貴重な手がかりにもなる。

アジアパラ大会は、障害のあるアスリートを支える大会であると同時に、そこには、「支援する側」と「支援される側」という固定的な関係を越えて、ともに社会をつくっていくボランティアの可能性が表れていた。誰もが自分のできることを持ち寄り、互いに支え合う。そのような関係こそ、共生社会の自然な姿なのではないだろうか。