レポート&コラム

セパタクロー会場で感じた新たなボランティアの可能性【愛知・名古屋2026アジア競技大会】

2026年10月17日
スポーツ グローバル
セパタクロー会場で感じた新たなボランティアの可能性【愛知・名古屋2026アジア競技大会】

アジア各地の45の国と地域から15,000人以上のアスリートが参加し、2026年9月19日から10月4日の16日間にわたって、愛知県を中心に熱戦が繰り広げられた「第20回愛知・名古屋アジア競技大会」(アジア大会)。

約40,000人のボランティアが運営を支えた本大会を、日本財団ボランティアセンター参与の二宮雅也さん(文教大学教授)が視察したレポートをシリーズでお送りします。

本記事で紹介するのは、セパタクロー会場での光景です。オリンピックでは採用されていない、アジア大会ならではの競技の風景から、ボランティアと競技の幸せな関係性が見えてきました。

「こんなに面白い競技だったんですね」

セパタクロー会場で活動するボランティアから、そんな声を何度も聞いた。そして、視察に訪れた私自身の感想も、まさに同じだった。

アジア大会の大きな魅力の一つは、普段なかなか目にする機会のない競技を間近で見ることができることだろう。セパタクローもその一つだ。ネットを挟み、足や頭などを使ってボールを打ち合う。特に、空中で体を反転させながら繰り出される豪快なアタックは圧巻である。そして今回、その会場を支えた多くのボランティアにとっても、セパタクローとの出会いは新鮮なものだった。

「名前を聞いたことがあるくらいで、どんな競技かは知りませんでした」と話すボランティアも、活動をしながら試合を目にするうちに、その迫力や面白さに引き込まれていったという。大会ボランティアへの参加は、大会を「支える」経験であると同時に、これまで知らなかったスポーツと出会う機会にもなっている。

セパタクロー日本代表選手とハイタッチするボランティア

会場での活動はさまざまだ。観客や関係者の動線を確認する人、撮影エリアを案内する人、コートサイドでボールパーソンを務める人。それぞれが自分の持ち場で大会運営を支えていた。

セパタクロー会場でモップをかけるボランティア

6日間活動した小林香織さんは、最終日の会場の盛況ぶりに驚いたという。観客だけでなくメディア関係者も増え、それに伴ってボランティアの仕事も増えていった。撮影可能な場所、立ち入りが制限される場所などを案内する仕事には責任も伴う。それでも活動を終え、「またボランティアをやってみたい」と語る姿が印象的だった。普段の生活や仕事では出会わない人たちと一緒に一つの大会をつくる。その経験そのものが、ボランティアの楽しさになっていた。

メディアの案内を行うボランティア

一方、セパタクローとの深い縁を持ってこの大会に参加したボランティアもいる。かつて選手としてセパタクローに取り組んでいた飯田望さんは、「いつか大会ではボランティアとして参加したい」と以前から考えていたという。今回は、プレーする側ではなく「支える側」として大会に参加した。

水を補充するボランティア

そこで改めて気づいたのが、一つの大会の背後にいる多くの人の存在だった。選手時代には見えにくかった大会運営やスタッフ、ボランティアの仕事。それらを自ら経験することで、「大きな大会になると、本当に多くの人に支えられている」ということを実感したという。

さらに飯田さんが語ってくれたのが、セパタクローならではの選手同士の関係である。コート上では真剣勝負を繰り広げていても、試合が終わりラウンジへ戻れば、国を越えて互いに「おめでとう」と声を掛け合う。そんな姿を間近で見ることができたことも、ボランティアだからこその経験だった。

そして、セパタクロー会場の熱気が最高潮に達したのが、4対4で行う男子クワッドだった。日本代表が勝利し、金メダルを獲得した瞬間、会場は大きな歓声と拍手に包まれた。選手たちの喜びはもちろん、連日大会を支えてきたボランティアにとっても、その瞬間は格別だった。目の前で繰り広げられる最高レベルのプレーを支え、その舞台で日本代表が頂点に立つ。その興奮を同じ空間で共有できることも、スポーツボランティアの醍醐味である。

長期間にわたり活動した田中岳文さんは、今回の経験を「むちゃくちゃ濃密な時間でした」と振り返る。2019年のラグビーワールドカップをきっかけにスポーツボランティアを始め、その後、さまざまな大会に参加してきた。セパタクローにも継続的に足を運び、選手や関係者とのつながりを築いてきた。

田中さんが活動で大切にしているのは、与えられた仕事だけをこなすのではなく、「この場所をどうすればもっと良くできるのか」を自分で考えることだという。会場では、競技に興味を持った観客にボールを触ってもらったり、経験者に簡単なリフティングを披露してもらったりする場面も生まれた。さらに日本代表選手も加わり、来場者との交流や写真撮影へと発展した。「このチャンスを逃す手はない」と選手たちも協力してくれたという。競技を知ってもらいたいという選手の思いと、それを応援したいボランティアの思いが重なった瞬間だった。

メッセージカードを持つボランティア

田中さんは、「与えられた役割とは別に、そこの目的は何だと考える」と話す。もちろん、任された仕事を確実に行うことが第一である。しかし、その先に「この競技をもっと多くの人に知ってもらいたい」「この大会をもっと良いものにしたい」という目的があれば、自分にできることを考え、行動することができる。そこには、ボランティアの本質ともいえる「自発性」が表れている。

大会が終われば、競技会場は元の姿に戻る。しかし、そこで生まれた出会いや経験まで消えるわけではない。初めてセパタクローを知った人が「また見たい」と思う。初めてボランティアを経験した人が「またやってみたい」と思う。そして、選手として競技に関わってきた人が、今度は支える側からその魅力を伝えていく。

男子クワッド日本代表の金メダルに沸いたセパタクロー会場。その舞台裏には、選手と同じように大会を楽しみ、考え、動き、そして支えたボランティアたちの姿があった。セパタクローとの新たな出会い、金メダルの興奮、そして人と人とのつながり。アジア大会のセパタクロー会場は、「支える」というスポーツへの関わり方の豊かさを感じさせてくれるとともに、ボランティアが競技と人をつなぎ、その魅力を新たな人へと伝えていく存在になり得ることを教えてくれた。

ハイタッチするボランティア

まだ広く知られていないスポーツだからこそ、ボランティアとの出会いをきっかけに、新たなファンや支え手が生まれていく。そこに、スポーツボランティアの新たな可能性があるのではないだろうか。

会場案内を笑顔で行うボランティア

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